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Last*Life

2013年08月31日
どうもお久しぶりです(白目)
久しぶりの更新はまさかの古い創作の途中ネタを投下するという暴挙です←
中身はここにUPしたサヨナラガールの元ネタです。リナちゃんとヤスナの本編といいますか。
まあちょっとここに出てくるマコトくんの設定がしっくりきてないのでまた書き直そうと思っているのですが、とりあえず自分メモ用にこっちに置いておきます。


 
 車内には、煙が充満している。一酸化炭素がきっとこの車中に溢れているんだ、と少女は思った。そして、彼女は目の前にいる男を見た。彼は息苦しそうに、肩を上下させながら呼吸をしている。
「はぁ、はっ、はぁっ、はっ……」
 わざわざ車を山奥に持ってきて何をするかと思えば、練炭自殺。少女はぼんやりと車の窓から外を見つめる。まだ紅葉も始まっていない時期なのか、山の木々は少しにごった緑をしているようだった。
「はっ、はぁっ、はっ」
 男の息苦しい声が車内に響く。これを冷静に聞いてる自分って超悪趣味じゃん、と考えて少女はため息をつく。そしてしばらく背を向けていた男の方を向くと、男は笑った。
「あっ、はぁ、はっ、り、ぁっ、はっ、と、うぅ」
 ありがとう、と言っているつもりなのだろうか。少女は「どういたしまして」と言った。男はそのまま目を閉じ、呼吸をしなくなった。どうやら彼は死んだらしい。
「……」
 少女は煙が溢れる車内で、自分の服のポケットから携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「もしもし、あたし。うん、終わったよ。うん、迎えに来て。あと、救急車も呼んどいて。うん」
 ピッと携帯のボタンを押して、少女は大きく息を吸った。咳き込みもせず、呼吸も荒くならずに少女はまたぼんやりと外を見た。外はいい天気で、今日はピクニック日和になりそうだ。もしかしたら、誰か通るかもしれないと少女は一瞬心配になったが、「ま、いっか」と呟いて車から降りた。素早くドアを閉めて、煙が多く漏れないようにした後、少女は道路に向かって歩いた。
「あ」
 黒いワゴン車が一台、少女の前で止まった。運転席の窓が開き、一人の男が顔を出した。
「お疲れ様ー、って臭っ」
「好きでこんな臭いになった訳じゃない! 着替えは!?」
「はいはい、もって来てますよ」
 それを聞いた少女は、車の後ろに乗り込んだ。中には大きな紙袋があった。
「さてと、しかし、すごい臭いだね」
「後ろ向いたら殺すからね」
 後ろを向こうとした男はそれを聞いて素早く前を向いた。「殺されるのは怖いからね、殺すのも」
「殺すのが怖い『殺し屋』なんて聞いたことないわよ」
 そう言いながら、少女はデオドラントスプレーを振り撒く。車内にスプレーの甘い香りが漂う。その香りに苦笑いしながら男は言った。
「人は誰でも同種の物を傷つけたり、殺したりすることは怖いからね」
「なのに、『殺し屋』してた……というかしてるの?」
 少女は先ほどまでとは全く違う格好になり、助手席に座った。後部座席に置いてあったバッグからコンパクトを取り出して、メイクを始める。
「うん、まあ俺ができる仕事ってこれぐらいだし」
「ふーん。これが最強の『殺し屋』の、新堂ヤスナねえ」
「そっちこそ、最強の『殺され屋』の、松原リナさんじゃん」
 ヤスナが笑いながら言うと、リナはふんと鼻を鳴らして顔をそらした。
「さてと、そろそろ救急車が来ますかな…」
 ヤスナの言葉どおり、あたりに救急車のサイレンが響く。そして、ヤスナがリナの方に顔を向けた。
「大丈夫?」
 何が、とはヤスナは言わなかった。しかしリナはその言葉で全てを理解したらしく、誇らしげに胸を張った。
「あたしの演技力は宝塚だって認めた素晴らしさなんだから」
 そして二人の車の前に、救急車が止まった。ヤスナとリナは車を降りて、救急車から出てきた救急隊員の元に行った。
「通報してくださった方ですか」
「はい……あれって」
 ヤスナが顔を青くして小さく呟いた。ヤスナに声をかけた隊員は小さく頷いて、「通報、ありがとうございます」と言った。多分、外から見て中で生きていることがないのを理解したのだろう。しかし、中にある男の遺体を『処理』しなければいけない。車から男を出す様子を、リナは見つめた。
「きゃー、超怖い! やっちゃん、あたし超怖いんだけどぉ」
「リナ大丈夫? 俺が居るから平気だろ」
 リナはヤスナの腕に抱きついて、高い声できゃあきゃあと騒いだ。傍から見れば、空気が読めてない現代の若者に見えるだろう。抱きつかれたヤスナもにやにや笑いながらリナの頭を強く撫でた。
「っつーかさ、あたしらもう帰っていい? マジさ、こんなんあってブルーなんだけど」
「あ、そうそう。俺たち、アレを見かけただけだし」
 ヤスナの言葉を受けた隊員は「はい、ご協力ありがとうございました」と言って深く礼をした。それから、彼も車の『処理』に向かった。それをしばらく見て、ヤスナとリナは車に乗り込んだ。
「………」
「………」
 しばらくの沈黙の後、車が動き出した。自殺現場からある程度距離が離れたところで二人は深くため息をついた。
「疲れた」
「そうだね」
「ったくさー、アレだけして報酬がたったの二万円ってどういうことよ!?」
 リナがヤスナに向かって怒鳴った。ヤスナは涼しい顔をして運転をしている。それを見てさらに苛立ちが膨らんだのか、リナはさらに愚痴をこぼした。
「大体さ、あたし完璧で、最強の、超素敵な『殺され屋』よ!? 練炭自殺の付き添いとかありえない!!」
「まあ、受ける仕事は受けなくちゃ」
「だって昔はあたし、アメリカの大統領だって守ったのよ!? あの映画スターも守ったのよ!?」
「過去は過去、今は今」
「過去の栄誉を称えない今の日本は終わってる!」
 リナは車のドアを強く叩いた。その音にはヤスナも驚いたらしく、びくりと肩を震わせた。最近の若者はキレやすいな、とのん気なことをヤスナは思いながら車を街に走らす。
「で、そっちは? いくら貰ったの」
「うーんと、三百万」
「………はぁあ!?」
「あのさ、耳元で叫ぶのいいけど手元狂って、事故って、死んでも知らないよ?」
「あ、安心して。臓器潰れるぐらいなら三日で治るから。じゃ、あたしはヤスナのお金だけ持って何とか逃げるわ」
 天使の微笑み、そんな風に言われそうな笑顔を浮べてリナは真っ黒な言葉をヤスナに吐いた。ヤスナは苦笑いをするしかなかった。
「じゃ、今日はちょっとリッチな食事をしようか」
「やったー! 何、イタリアン? 和食? それとも」
「マック」
 ヤスナの言葉に、期待に溢れていたリナは一瞬にして凍りついた。ヤスナは「やっと静かになった」と小さく呟いて、運転に集中した。が、
「はぁ!?」
 と、リナの大げさな叫びを聞いたヤスナの手元が一瞬狂った。タイヤが甲高い叫びを上げて、車が大げさに揺れた。
「あ、っぶな!? 安全運転しなさい!」
「だーから、耳元で叫ばない! 何、何で叫んだの?」
「何でって、あんたさ………リッチな食事って言ったじゃん」
 ヤスナは頷く。「だから、マック」
「マックって、ヤスナ知ってる? 百円でハンバーガーが食べれるんだよ」
「うん、知ってる」
「あたしの携帯クーポン使えば五百円とちょっとでセット食べれるのよ?」
「え、マジで? じゃ、マック決定」
「ふっざけんなぁぁぁぁ!!!」
 リナがヤスナの耳元で叫んだ。車が大げさに揺れた。
 
 
 そして黒いワゴン車はマックからある雑居ビルにたどり着いた。
「マジあり得ない。何でマック」
 リナが車から降りて、ヤスナを睨みつけた。ヤスナはその睨みを気にせずに後部座席からリナの着替えが入った紙袋を取り出している。
「何でマック、何でマック、何故マック、どうしてマック、何があってマック」
「そんなにビッグマック嫌だった?」
「そういう問題じゃない!!!」
 車から降りたヤスナはその怒鳴り声を受けて、驚いたように動きを止めた。瞬きを数回して「まあまあ」と穏やかな声でリナをなだめようとしたが、リナの怒りはそれだけでは収まらなかった。
「第一さ、何よ!? リッチな食事っていったらイタリアンじゃないの?! フランス料理じゃないの?! 寿司じゃないの?!」
「あ、寿司食べたかったの?」
 アレだけビッグマック食べたのに、ヤスナは思ったが言わないでおいた。ヤスナは意外と空気が読める男だったのだ。
「そうじゃない! だから何でマックなのよ!!」
 そう叫んだ後、リナはぜいぜいと肩を上下させて荒く呼吸をした。叫びすぎて疲れたらしく、大きくため息をついた。ヤスナも小さく安堵のため息をついた。リナの嵐は疲れによって去ったようだ。
「さてと、じゃ、明日はお寿司にしよう」
「マジで?! 本当に!?」
「うん」
 リナは目をキラキラと輝かせて両手を挙げた。「お寿司わっしょーい!!」
「じゃ、リナ。今度から一つ一つの依頼を、大切に受けようねー」
「わーいわーい、お寿司だお寿司だー」
 ヤスナの言葉を無視して、リナはバタバタと走り出した。そんな様子を見るヤスナの視線は穏やかで優しい保護者のようなものだった。小さく微笑み、ヤスナも歩き出す。
 
 
「ほら、覚えてる? あの時のこと」
 そう言って、リナは部屋に飾ってあった一枚の写真をヤスナに渡した。ヤスナは呆れながらもそれを受け取り、「忘れるはずないでしょ」と相槌をうった。その写真には演説台の前で何か叫んでいるようなアメリカ人の中年の男性と、彼を取り巻く黒いスーツの人々が写っている。その写真をヤスナは何度もリナに見せられていた。
「どこにいるでしょう?」
 楽しそうな声で、リナが尋ねる。
「ここ」
 ヤスナは写真の中に写る、一人の黒いスーツの人物を指で叩いた。顔には大きなサングラスがかかっていて判別し難いが、それがリナだった。ヤスナの回答に満足そうにリナが頷く。
「あたしが、ここにいて大統領のSPをした。突然、演説中に発砲音が響いたのよ」
 その時のことは、ヤスナもはっきりと覚えている。ヤスナはテレビ中継でその演説を聞いていたが、大統領が力んで叫んだ瞬間、パンと乾いた音が聞こえた。そして、一人のSPが大統領の前に飛び出てその銃弾を受けた。他のSPたちが大統領を誘導して、その場から逃げる。撃たれたSPは、やってきた救急隊員とともに救急車に運ばれた。演説を聞いていた観客たちは、すぐに逃げ出していた。
「アレはびびったね。まさかリナが撃たれるなんて」
「で、その後救急車乗って起き上がったら、隊員もSPも目を大きくあけて」
「叫んだわけ?」
 ヤスナがからかうように言うと、リナは首を振った。「大泣きしたのよ、撃たれた女の子を見て!」
「だってさ、あれ完全に心臓貫通してたでしょ。みんな死んだと思ってたのに、まさか生き返るなんて」
「でも、あたしは大統領を守ったことで褒め称えられたわよ。死んだ人間としてね!」
 その様子は全世界中に報道された。そして、撃たれるリナの様子も何度も何度も世界中で流れた。ほとんどの報道が『勇敢なSP、命を徹して大統領を守る』とのことだった。当時、それを聞いたヤスナは驚愕したものだった。詳しい情報を入手していなかったヤスナは本当にリナが死んだと勘違いしたのだ。
「帰国した瞬間、ヤスナがいきなり泣いたの見たときは軽く引いたわ」
「ひどいな、折角心配したのに。でも良かったじゃん。報酬はしっかり頂いたし」
「そうそう! さすが国家権力、あんなに貰っちゃってさ。使い道わかんないわよねー」
「なのに、ケチだよね。リナって」
「リッチな食事がマックのヤツに言われたくない!」
 そして、リナは憂いを込めたため息をついた。その表情は恋に悩むごくごく普通の女子高生のようにも見える。
「なのにさ、今のあたしってば受ける仕事は付き添い自殺ばーっかり」
「あと心中にも付き合ったっけ?」
「あんたのせいよ! あんたが何でもかんでも『わかりました、受けますよ』なんて言うから!」
「一日一日を大切に生きて、一つ一つの依頼を大切に受ける。それが仕事人の役目だよ」
 ヤスナはそう言って、机の上に置いてあるお茶をとってすすった。
「何であたしが自殺なんかに付き合わなくっちゃいけないのよ! 心中で殺される役しなくちゃいけないのよ! かっこいい殺され方だってあるでしょ!?」
「そんな事言ってもねえ。そういう仕事をしてるんでしょ、リナ」
「ふざけんなぁ!! あんたがさせてるんでしょうが!!」
 とリナが怒鳴った瞬間、玄関の扉が叩かれた。怒鳴り声で聞き逃しそうになったヤスナだったが、リナの顔の前に手を出して扉を見た。
「え?」
 またノックの音がした。ヤスナとリナは顔をあわせ、瞬きをする。数秒後、ヤスナが立ち上がり扉を開けた。
「どちら様ですか?」
 扉の前に立っていたのは、学生服を着ている少年だった。黒い短髪でシャツもズボンの中にしっかり入れてその上からベストを着ている少年に、ヤスナの後ろから見ていたリナは爽やか系だなという印象を受けた。それはヤスナも同じらしく、少し驚いている様子だった。
「あの、こちらに『殺され屋』さんがいると聞いて来たのですが……」
「ええ、いますよ。それで、君は?」
 ヤスナの問いに、少年は微笑んで答えた。
「田村マコトです」
 
 
 マコトを接客用のソファに座らせて、ヤスナとリナはその向かい側に座ってお茶を出した。
「どうも、ありがとうございます」
「いえいえ。それで、マコトくんだっけ。君は一体どういう依頼を?」
 微笑むヤスナと、それに微笑みを返すマコトにリナは少し引き気味だった。ヤスナの笑顔はいつも通り偽物っぽいし、あのマコトとかいう男の笑顔もなんだか気味悪い。そう思いながら、リナは二人の顔をちらちら見つめていた。
「実は、僕もうすぐしたら死ぬんです」
 マコトのその言葉に、リナは素直に「は?」と声を上げた。ヤスナも驚きを隠せない様子で尋ねる。
「もしかして、病気とか?」
「いえ、そうじゃなくって……死因は交通事故」
「待って」
 リナが小さく手を挙げて、マコトに言った。マコトは微笑みを崩さないまま「はい」と返事をした。
「何、今から自殺しようって思ってるわけ? しかも、『殺され屋』依頼って事は付き添い自殺? それならお断りだからね!!」
「リナ、さっきも言っただろ。一日一日を大切に生きて、一つ一つの…」
「うるさいわハゲ!! 大体ね、君まだまだ若いでしょ。あたしと同級ぐらいじゃない! ならもうちょっと踏ん張って生きたらどうなの!?」
「こら! 折角の依頼が減っちゃうだろ? 自殺を止めちゃってどうするんだよ。あと俺はハゲじゃない」
「黙れハゲ! あたしはこうやって死ぬことに逃げるようなヤツが嫌いなの!」
「いえ、自殺なんてしませんよ。面倒ですから」
 マコトが穏やかにそう言ったことで、リナとヤスナの言い争いは収まった。その代わり二人には共通の疑問が生まれた。
「じゃあ、何で死ぬ日がわかるっていうの?」
 共通の疑問をリナがマコトに訊いた。マコトは「信じてもらえないと思いますけど」と言って話を始めた。
「『死亡フラグ』ってご存知ですか?」
「し、ぼう、ふら、ぐ?」
 異世界の言葉を聞いたように、リナはぎこちなくマコトの言葉を復唱した。隣のヤスナは理解したらしく、胡散臭そうな目をマコトに向けている。
「あの、マンガやドラマとかで死ぬ人が予想ついた状態のこと?」
「まあそんな感じです。それが」
「君にはわかるっていうの?」
 マコトの言葉を先行してヤスナが言った。それを聞いたリナはまた素直に「は?」と声を上げた。マコトも言葉を取られたことに驚いたらしく、小さく瞬きをして頷いた。
「はい、僕にはわかります」
「……あーのさ」
 リナは額を押さえながらマコトに声をかける。
「電波なお話なら、あの、パソコンに向かってでもやっていただけると、ものすごく助かるんだけど」
「やっぱりそうなりますよね」
 困ったようにマコトがそう言った。
「リナ、そんな風に言うなよ。確かに、少し信じ難い話だけど」
「少し? かなり、の間違いじゃないの」
 確かにね、ヤスナはそう思いながらただ笑うだけだった。そしてマコトの方を見て、話を続けることにした。
「ごめんね、この子口が悪くて。それで、君はその『死亡フラグ』が読めて、自分のも読んだわけか」
「はい。それで、僕は後二週間しか生きられないみたいです」
 口調は真剣で、嘘をついているようには見えない。ヤスナはそう感じていたが、全く信憑性がなさそうな話の内容のために、仕事を簡単に受けるわけにいける様子ではなかった。
「それで、どうしろと?」
「その『殺され屋』さんに僕の代わりに殺されて頂きたいんです。その日、死ぬわけにはいかないので」
「冗談じゃない!!」
 リナが我慢の限界を越えたのか、マコトに向かって勢いよく怒鳴った。怒鳴られたマコトは目を大きく開いて瞬きをした。
「そんな電波話に便乗して、何であたしが死ななくちゃいけないワケ?! やだ、この話、いくら積まれてもあたしは受けないから!!」
 鼻から大きく息を出して、リナは腕を組んでそっぽ向いた。ヤスナはその様子に苦笑いしながら、マコトに静かに言った。
「正直言って、君の話には信憑性が感じられない。お金を貰うから、といっても遊びには付き合えない」
「遊び、ですか」
 マコトは小さく俯き、そう呟いた。さすがに言い過ぎたかな、とヤスナは考えたが隣のリナは満足そうな顔を浮べている。その口からいつ「ざまぁみろ」と出てくるかヤスナは心配で仕方がない。
「なら、証明する方法を」
 マコトは自分の持ってきた鞄から一枚の写真を取り出した。そこにはスキンヘッドの少し大柄な男が写っている。その男の顔に見覚えがあるリナは言った。
「ノブ?」
「え、誰?」
「この人はインディーズバンドのドラムの方です。昔ライブに行ったときに写真を撮らせていただきました」
「ヤスナ知らない? グロウリーブルー」
「いや、聞いた事ない」
 それがバンドの名前か、とヤスナは理解した。ライブに行って写真を頼むとは、よっぽどのファンなんだろうとぼんやりと考えたときマコトは言った。
「彼は明日死にます」
 はい? リナとヤスナどちらかが言った。あるいは両方が言った。
「死ぬ、ってノブが?」
「原因は心筋梗塞。しばらく糖尿病の合併症で入院して、バンド活動をしていないこと、ご存知ですか?」
 マコトの問いかけにリナが頷いた。そのバンドは一年ほど前から活動を休止している。マコトの持ってきた写真のノブも二、三年前のものである。なので、現在彼がどんな様子にあるかわからない。
「君は彼とお知り合いか何かなの?」
「いえ、全然。昔はこのバンドのファンだったんです」
「じゃあ何で彼が入院中だって?」
「だから、それこそ『死亡フラグ』なんです」
 いたって真剣にマコトが言う。リナは少し頭痛を感じ始めていた。そしてマコトは写真を机に置き、ヤスナたちの前まですっと持ってくると立ち上がった。
「もし、本当に明日彼が死んだら僕を信じていただけますか?」
「人の生死をそういう事に使うのはどうかと思うけどね」
 ヤスナが言うと、マコトも「そうですね」と否定しなかったが、真剣な表情を崩さないまま言葉を続けた。
「でも、これで信じていただけると思います。明日、また来ます」
 マコトは一言残して、部屋を出た。リナとヤスナはしばらく無言のままで、マコトの出て行った扉を見つめていた。
「リナは信じる?」
「誰が。あの子、電波系のちょっと危ない子だと思うわ。うん、絶対そう」
 リナは自分の言葉に満足して何度も深く頷いた。ヤスナもその言葉には内心同意している。
「けど、一つ一つの依頼を大切にするヤスナが珍しいわね。あんなふうに言うなんて」
「ちょっと言い過ぎたかな、とは思ってるよ。でも、信じ難い話だ」
 顎に手をあて、ヤスナは机の上に置かれたノブの写真を見る。リナもじっと写真を見つめた。
「リナ、最近この人の噂聞いてない?」
「うーん、最近は本当に出てきてないからわかんない。でも、死んだなんて聞いた事ないし」
「だよね。死んだら報道とかされそうだし」
「あ、じゃあ掲示板かなんかで調べてみようか」
 そう言って、リナはポケットから携帯電話を取り出して調べ始めた。小さい画面をヤスナも覗き込む。素早くリナはボタンを押し、手際よく検索をかける。すると、いくつか話がヒットした。
「あったあった。えーっと、ノブが糖尿病で入院してるのはマジらしい」
「へぇ。でもそれぐらいなら、病院関係者でもわかるだろうね」
 ヤスナの言う通りである。それから二人は画面を見つめ、情報をまとめた。
「つまり、ノブは現在、糖尿病で入院している、と」
「それでもって、病状は回復の傾向にある、と」
「これで明日死ぬのかな?」
 リナの疑問にヤスナは小さく唸って、首を振った。「ありえないね」
「また明日来るって言ってたよね、マコト…だっけ」
「うん、明日どうなるか楽しみじゃないか」
「なんかヤスナって地味にSだよね」
 リナが言うと、ヤスナは微笑んだ。それだけで、何も言わなかった。
 
 
「ヤスナヤスナヤスナヤスナああああああああ!!!!!」
 翌日、朝起きたと同時にヤスナの部屋にリナが飛び込んできた。リナも寝起きらしく、ジャージのまま寝癖だらけの頭で携帯を片手にしていた。
「へ、何」
「ヤバイ! あのマコトって男の子が言った話、マジだった!!」
「……は?」
 話が全くわからないヤスナは目を擦りながらリナに聞き返した。
「だーかーら、ノブがマジで死んだの! しかも心筋梗塞で!!」
「嘘だろ」
 そう言って、ヤスナはリナから携帯を奪い取り、画面を見た。インディーズミュージックのニュースページに、堂々と『グロウリーブルーのドラム・ノブ 死去』と表示されている。ニュース詳細を読むと、マコトが言った通り、彼は心筋梗塞で死んだと書かれている。
「これは、ヤバくない?」
 リナが少し引きつった笑顔でヤスナに言う。言葉が出てこないようで、ヤスナは口元を手で押さえていた。
「本人が来るのを待つしかないな」
 
 ヤスナはただそれだけしか言えなかった。
 それから数時間後、正午過ぎにマコトは再びやってきた。
「亡くなりましたね、ノブさん」
 楽しそう、どころかむしろ悲しげにマコトは言った。その表情は昨日来たときと全く逆で、とても暗く思いものだった。その様子を見て、ヤスナとリナも無言で頷くしかできなかった。
「これで、僕の話を信じていただけますか?」
「確かに証明されたわね……でも、そんなのどうやってわかるのよ?」
 まだ信じられない、とリナは言いたげに尋ねた。隣のヤスナも同じような顔をしている。
「どうやって、といわれると僕にもわからないんです。ただ、その人を見るとその人の死ぬ様子が何となく見えるんです」
「何となく?」
「パッと見るときはその人がどんな死に方をするかぼんやり、カーテンがかかってるように見えるんです」
「ノブさんの死ははっきりわかっていたのに?」
 ヤスナが少し挑発するように言った。しかしマコトはその言葉に動じることなく続けた。
「大体半年前くらいから死ぬ予感がわかるんです。それから少しずつカーテンは薄くなっていって、二週間前くらいにははっきりとわかります」
「なんだか信じらんない」
 リナは息を深く吐いて両手を小さく上げた。
「まるでマンガの世界の話じゃないの」
「それを今、僕は実際体験しています。それで、二週間前にわかるのは死ぬ前後のことです」
「死ぬ、前後?」
「はい。それが、死に繋がること…つまり、『死亡フラグ』」
 なんだかこの場の空気とその『死亡フラグ』という言葉がアンバランスだ。リナは真剣なマコトの顔を見て思い、隣のヤスナの顔を横目で見た。見た事ないほど真剣に話を聞いているヤスナの姿があった。
「なるほど。それで、死んだ後と言うのは?」
「よく見えるのは本当に直後。誰かが来て叫んだり、頭を撫でる様子だったり…あと、葬式の様子とか」
「それは本当に当たったことがある?」
「身内の死で当たりました。葬式で叫んだ言葉も全く同じで…あと、芸能人の弔辞とか予想通りだったこともあります」
 それからマコトは机に置かれていたノブの写真を手にとり「明日のノブさんのお葬式、ベースの人が弔辞を言います」と予言した。
「なるほど。それで、何故君は自分の死を避けようとしないんだ? 原因もわかるのなら、避けることなんて簡単だろ?」
 ヤスナが笑みも浮べないでマコトに尋ねた。マコトは小さく首を振り、「無理なんです」と言った。
「今までも、僕が『死亡フラグ』が立った友人に言ったことがあるんです。彼は僕の言葉を信じていて、だから、その死のシチュエーションが起きない状態になりました。でも……彼は、死にました」
 力ない声で、マコトは説明をした。
「僕が見た彼の死因は車の交通事故。だから彼は裏路地の、車通りの少ない道を通って学校から家に帰りました。でも、その日の夜に彼は外食に行きました。両親の車で」
「それで、交通事故に巻き込まれたのか」
 マコトは頷いた。リナは何も言えず俯いて、頭の中に浮かぶ想像を振り払おうとした。自分は未来が見えるのに、避けられない現実なんて、ありえない。
「何故、君は自分の死を避けたいんだ?」
「僕が死ぬことによって、母が死ぬんです」
 ヤスナとリナはその言葉の意味がわからず、目を大きく開いた。
 マコトが自分の死に気付いたのは半年前のことだった。母を見たとき、彼女が死ぬ姿が見えたことがきっかけだった。彼の母は自殺によって死んだ。
「その姿が見えてから、母を気にするようになったのですがそんな様子はなかったんです」
 マコトの母は夫と離婚してから女手一つでマコトを育てたのだ。常に笑顔を絶やさず、誰よりもマコトのことを考えている人だった。そんな人が、自殺する様子は見えない。
「それから、彼女が死んだ後の場所が見えたんです。そこに、僕は居ませんでした」
「まさか、それって……嘘でしょ」
 リナが呟くと、マコトは目を閉じて言った。
「僕は、母の死ぬ前日に死んだんです。自分の姿を鏡で見て、知りました」
 彼の死因は、交通事故。彼が母親に向かってくる車から庇い、衝突。そのまま頭を強く打ちつけてその場で即死した。その様をはっきりと見た彼は、死に恐怖した。何より、自分の死によって母を死に追いやったことに恐怖以上の悲しみが溢れてきた。
「だから、僕はその日を生きなければいけない。そうじゃなければ、母を殺してしまう」
「別に、あんたが殺したわけでもないじゃない!」
 リナが怒鳴り、身を乗り出そうとしたのをヤスナはリナの顔の前に手を出して止めた。
「そう思ってしまうのも仕方がないね。それで、『殺され屋』にどうしてほしいの?」
「僕が死ぬ原因、つまり交通事故で替わりに死んで欲しいと思っているんです。殺され、とは違うと思うんですけど…でも、僕にはほかに方法が思いつかなくて」
 偶然、マコトは掲示板などでリナの…『殺され屋』の噂を聞いたと言う。そして、その人物なら自分の『死亡フラグ』を回収してくれるのではないか、と考えたのだ。
「どうする、リナ?」
「どうするって言われても……」
 ヤスナの問いかけにリナは言葉をにごらせた。今まで『殺され屋』として働いたのは殺害されることがはっきりとしているから、代わりに死ぬことや狙われた人物を守ることが出来たのだ。しかし、今回の件はいつもと違う。まず殺害ではなく、事故であることが問題なのだ。それに、本当に起きるかどうかわからない。
「あの、『殺され屋』って、もしかして」
 マコトはリナをしばらく見つめた。「もしかして」の続きが読めないリナは何故見つめられているか理解できなかったが、ヤスナがすぐに言った。
「彼女だよ、彼女が『殺され屋』の松原リナ。俺は元・『殺し屋』の新堂ヤスナ」
「元って言ってるけどバリバリ現役だから」
 と、ヤスナの補足説明をリナがする。マコトは瞬きを二,三回してから「そう、なんですか」と驚いていた。
「てっきりヤスナさんが『殺され屋』かと思ってました」
「いや、俺はする方。彼女がされる方」
「ヤスナ、その言い方なんか誤解を招くっていうか、変だから」
「そう?」
 なんだか不安になってきた、とマコトは笑顔を浮べながら密かにそう思った。
「さて、ここで現実的なお話に戻しましょ。お金の話」
 そういうリナの表情はとても楽しそうだった。彼女の好きなものランキング上位三つは現金・札束・高級品である。つまりはお金に関連するものが大好きなのだ。
「リナ、確実にその表情悪役だからね」
「そんな事ないわよ。ね、マコトくん」
 先ほどまでの苛立った表情や暗い表情から遠くかけ離れた楽しそうな笑顔。マコトは何となく、リナの笑顔から怖いオーラを感じた。
「え、ええ……」
「ほら、マコトくんだってそう言ってるじゃない」
「リナ………」
 ヤスナは何かを言いかけたが、言うのを止めた。言ったところでリナがヤスナの言葉を聞いてくれるか、といえば多分聞かないだろう。リナはヤスナの小さな呼びかけを無視して、マコトの方を向く。
「それで、私たちは金額設定を特にしていないの。ん、まあ…基本は一万ぐらいからかな」
 金目の事となると本当にリナは幸せそうな顔をする。ヤスナは半ば諦めを感じながら小さくため息をついた。しかし、リナとヤスナの前に居る少年から高額を請求するつもりはない。あくまでも、ヤスナは。
「なら、三十万でよろしいですか」
 マコトの口から出てきた金額にヤスナは「へ?」と声を上げた。どう見てもマコトはリナと同じくらいの十代後半の学生に見える。そんな少年がどこから三十万という高額を出せるのだろうか。そんな疑問を持つヤスナに対して、リナは満足そうに頷いていた。
「うん、いいじゃないの。ねえ、ヤスナ」
「いやいやいや、待て待て。マコトくん、君は何処からそんな金額を出せるんだ」
「以前からお年玉やバイト代を貯めてたんです。いつか、こういう日が来そうな気がしてて」
 微笑むマコトにヤスナはどことなく不気味さを感じていた。一方隣のリナは「素晴らしいじゃないの!」とスタンディングオベーションのつもりか、立ち上がって大げさに拍手をしていた。彼女の頭はマコトの不気味さよりもマコトの提示した金額でいっぱいなのだろう。
「いいじゃない、いいじゃない! 私、バッチリ受けちゃうわよ!!」
 リナはマコトに可愛らしくウインクした。ヤスナはその様子を若干白い目で見つめていた。それが先日の十五倍の金額を積んだ差なのだろう。先日の依頼のとき、リナは「はあ」「はい」「わかりました」だけしか言わなかった。
「やっぱり大切よね。一日一日を大切に生きて、一つ一つの依頼を大切にする!」
 リナが高らかにそう言った。
 
 
 そして、リナは浮かれていた。その日、リナは起きてすぐに髪の手入れをしていた。いつもしている以上に時間をかけて、さらさらにする。さらにはメイクもし始めた。それを見てヤスナは驚きを隠せずに、リナに尋ねた。
「デート?」
「デート」
 リナはヤスナに顔を向けることなく答えた。
「マジで?」
「マコトくんと、デート」
 リナの言葉を聞いて、ヤスナは安心した。何故安心したのか、本人もよくわかっていないがヤスナは小さく息を吐き出した。
「よし、出来た」
 リナのメイクは柔らかい桃色基調で、リナの強気なイメージを真逆のおしとやかなイメージにさせた。それで静かに笑えば、リナは完璧におしとやかなお嬢様、もしくは優しいお姉さんになるだろう。リナの洋服もそれを狙ったように薄い桃色と白がメインとなっている。
「……まるで別人だな」
「何か言った?」
 メイクが変わっても、表情は変わらない。リナは鋭い睨みをヤスナに飛ばすと、ヤスナは両手を肩まで挙げて首を振った。それを見て、リナは鼻から息を吐き出して再び鏡を見た。唇に、ラメの入ったグロスをつけ始める。リナの唇が、きらきら光る。
「おし、次は」
 そう言って、リナはアクセサリーボックスを取り出す。蓋を開けると、様々な種類のアクセサリーが入っていた。きっと彼女は貰った報酬でこう言ったアクセサリーや、今着ているような洋服を買っているのだろう。ヤスナはそんな事を考えていた。
「これとこれ、どっちが似合う……って、ヤスナに聞いても無駄か」
 振り向きかけたリナの姿を見て、浮かれている様子をヤスナは感じ取った。久しぶりに、こんな風に出かけるのだ。最近、出かけると言ってもそれは『死ぬために行く』ということばかりだったので、女の子らしく出かけるのに浮かれるのも仕方ない。
 しかし、今日はマコトの命日となる日である。今まで様々な依頼を受けていたヤスナだったが、今回の依頼は今までにない不安を感じていた。何に、という具体的なものはなくただ漠然と不安がヤスナの目の前にあった。
「ヤスナ、そろそろ依頼の時間じゃないの?」
 リナに言われて、ヤスナはハッとする。ヤスナは先日、殺しの依頼を受けたのだった。
「本当は断りたいぐらいだったけどね。でも、一日一日を大切に生きて」
「一つ一つの依頼を大切に受ける。自分の信念を曲げようとしないところ、あたしは好きだよ」
 リナはアクセサリーを選びながら、ヤスナに言った。それからヤスナは少し苦笑いしながら「ありがとう」と言って携帯電話を取り出し、予定を確認した。今日の十時から依頼人の元に行き、ターゲットを殺害する。いつもと同じ方法である。
「ヤスナってさ、前はどっかのファミリーかなんかの殺し屋だったでしょ。なのに、何で今は『元・殺し屋』って名乗りしてんの?」
 リナの突然の質問に、ヤスナは素直に驚いた。
「何で?」
「だってファミリーにいたほうが、報酬も高くつくんじゃないの? 出世も出来るし」
「うーん、どうだろうね。でも、俺にはファミリーとかは向いてないみたいだったし、こうやって自分のペースでやるほうがあってるみたいだよ」
 ヤスナはそう言って、リナに笑いかけた。リナはその笑顔を見て「ヤスナってよくわかんない」と言った。
「じゃ、俺は行ってくるよ。あんまり無茶するなよ」
「はーい。そっちこそ気をつけてね」
 リナの言葉を受けて、ヤスナは外に出た。漠然とした不安は、少しも消えることはない。
「……なんだろうな、この感じは」
 今から仕事だというのに、とヤスナは自分でその気持ちを抑えた。少しでも不安があったら、仕事に集中できない。
「大丈夫だ。リナは最強の『殺され屋』だ」
 
 
 そんなヤスナの不安を全く知らないリナは、浮かれた様子で町を歩いていた。こんな風に、可愛い格好を本気でしたのは久しぶりである。
「えへへ」
 リナは白いスカートを浮かせるように、くるりと一回転した。服に合わせた銀色のアクセサリーがリナの胸元で輝いている。今日は思う存分楽しんで、死ぬぞー。なんて、普通では考えないようなことをリナは思いながらマコトとの待ち合わせ場所へ歩き出す。
「松原さん!」
 待ち合わせ場所の駅前に向かうと、既に待っているマコトの姿があった。どことなく制服を思わせる服装をしているマコトが微笑んでリナに手を振る。リナもその姿を見て、ぱたぱたと走り出す。
「ごめん、待たせた?」
「いえ、来たばかりですよ」
 まるで初めてデートをするカップルの図である。リナはこんなのドラマだけだと思っていたので、少し緊張した。
「なんか王道ドラマみたいだね」
 リナが言うと、マコトも「そうですね」と頷いた。
「なんだか松原さん、初めて会った時と雰囲気が違うみたいです」
「あー…マコトくん?」
 リナが呼ぶと、マコトはきょとんとした顔でリナを見る。
「何ですか?」
「その敬語口調はしなくていいから。あと、松原さん、じゃなくてリナでいいから。あんまりそういう感じで話されることないからさ」
「そう、ですか…? でも、リナさん僕よりも年上ですし」
 正しい年齢は聞いていないが、確かに見た目だけならマコトはリナより年下に見える。
「それに、こっちの話し方のほうが慣れてるんです」
「慣れてる、ねえ。なんだか変な感じね」
「そうですか?」
「そうですよ」
 リナはマコトの口調を真似して、丁寧にそう言った。その似合わない言い方に、マコトは苦笑いを浮べた。
「あ、今笑ったでしょ」
「えっと、はい」
 素直にマコトが答えたのでリナは少し驚いた。
「ちょっと、そこは否定するべきじゃないの?」
「すみません…でも、リナさんといるとなんだか楽しいです」
 微笑むマコトの顔を見て、リナはわずかに胸を高鳴らせた。いやいや、あたしの好みはもうちょっと年上……と考えてリナは首を小さく振った。
「楽しい、ってどんなふうに?」
「こうやって女性と歩くのは初めてなので…」
「ははーん。マコトくん、彼女いないんだ?」
 リナが訊くと、マコトは苦笑いを浮べて「はい……」と頷いた。まだまだ青いな、リナが小さく呟いてマコトの一歩前に進んで振り向く。
「ならさ、今日はマコトくんの記念すべき初デートにしよう」
「で、デート…?」
「そう。だって、デートしたことないんでしょ? だったら、あたしが一から十までデートを教えてあげる」
 マコトはリナの突然の言葉に呆然とした。そんなマコトの手をとり、リナは進む。
「よし、じゃあ早速デートに行きましょう!」
 リナとマコト街の中を駆け出した。
 
 
 銃のスコープを覗いて、ヤスナは小さく息を吐き出す。視界の中にいるターゲットはこちらに気付いていないようだ。少しでも気付かれたら、最期。洒落にならない。
「………」
 指先には引き金の感触。ターゲットがあたりを見渡す。気付かれたか、とヤスナが引こうとしたがこちらを見ていない。距離はビル一つ越えたくらい。一般人には気付かれない距離なのだが、ヤスナのいる世界の人間ならばいつ気付いてもおかしくない状況である。それを気付かれないヤスナは高い実力を持っていることがわかる。ターゲットがビルの中に入ろうとする。
「………」
 息を吐く音、自分の心臓の音。ターゲットが再びあたりを確認した瞬間、ヤスナは引き金を引いた。
 
 
 今まで受けてきた仕事の中で一番楽しいかも。リナは隣で歩くマコトを見てそう感じていた。最近の仕事はどちらかと言うと自分よりはるかに年上の男性や同性が関わる仕事だったため、同年代とこんな風に街中を歩くのは久しぶり……と言うよりも初めてだった。
「リナさん、楽しいですか?」
「うん、楽しいよ。マコトくんは?」
「楽しいです」
 二人は顔をあわせて微笑みあう。もしかして、これが平和な日々なのだろうか…リナは小さく感動していた。しかし二人の現実はあまり平和とはいえないだろう。そう考えていたリナはふとマコトの言葉で疑問に思っていたことを思い出した。
「ねえ、マコトくん?」
「はい」
 リナはこのタイミングで尋ねるのはいけない気がした。が、疑問を解決したいという好奇心が勝った。
「あのさ、マコトくんのお母さんはその…マコトくんの死亡なんとかのこと知ってるの?」
 マコトは驚いたような顔をしてリナを見た。その顔を見てリナはやっぱり聞いちゃいけないか……と謝ろうとした。しかし、それより先にマコトの言葉が出た。
「はい、知ってますよ」
「…え?」
「でも、母は否定的です。何度もいったんですけど、信じてもらえなくて。父はすぐに信じてくれて、母にも言ったんですけど……」
「……えっと」
 言葉が出なかった。リナは何か言おうと口を開くが、ただ小さく息を吐き出すだけ。
「それからしばらくして、両親の仲がよくなくなったんです。それで、離婚して母と僕は一緒に生活することになりました」
「あの、マコトくん…その……ごめん」
 リナが謝ると、マコトは「大丈夫ですよ」と優しく声をかけた。どっちが年上か、わからなくなる会話だ。
「僕のせいじゃない、って母が言ってました。だから、僕はその言葉を信じています」
「マコトくんのお母さんは、優しいね。いいなあ、そんな言葉かけてくれる母親が居てくれて」
 マコトがリナの顔を見る。その表情はすがすがしいものだった。
「あたしなんか、母親の顔見た事ないもん。物心ついたときには親が亡くなったり引取り手が居ない子どもの施設に居たから、そういう風に言ってくれる人居なかったし」
「そう、何ですか」
「そうよ。しかもあたしさ、変な体質のせいで周りからドン引きされててさ」
 ドン引き、という言い方はどこかアンバランスにマコトは思った。けれど、リナはまるで世間話をするように言葉を続ける。
「しかもあれよ? 女の子が血を出してんのに逆に叫ばれたとか。ひどくない?」
「それはひどいですね」
「でしょ? 『死亡フラグ』だっけ、それが見えてもマコトくんは普通に扱ってくれる人がいたけど、あたしにはそんな人、居なかった」
「ヤスナさんは違うんですか?」
 リナが覚えている限りヤスナは普通の扱いをしてくれたことはない。はじめてあった時のことはもう思い出したくない、と小さく首を振った。三百万円が手に入ってビッグマックだけの男が普通なはずない。リナは頷いた。
「……リナさん?」
 そんなリナの様子を見てマコトは疑問を抱いた目を向けて尋ねた。
 
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