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2024年05月05日
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サヨナラガール

2009年02月13日
文芸用に作ったもののネタ的にあれなので保留な話の過去話。

死なない女子高生が最強の殺され屋になるまでのきっかけの話。

 あたしが普通の人間と違うことに気が付いたのは小学校一年生の秋の日。あたしは里親を探すような施設に入れられていて、つまりは本当の親の顔を見た事がなかったのだ。別に不安もなかったし、何より施設のみんなが好きで、一緒にいられる事が幸せだった。しかし、その幸せはその日から一変する。
 運動会だった。運動会で、みんなが走ったり踊ったりボール投げたり、施設の前にあった小さなグラウンドには子どもたちの声と音楽で溢れていた。施設の先生や地域の優しいおじちゃん、おばちゃんがその姿を見て微笑んでいる。いつもと変わらないはずだった。
 強風が吹いて、テントがあたしに向かって倒れてくるまでは。テントの柱がぐらりとゆれて、あたしは頭に強い衝撃をうけた。それが人生初の痛みだったのかもしれない。そのときほど痛いと思ったことは無かった。
 そこから絶叫が響く。あたしの絶叫もそうだったし、地域のおじちゃんやおばちゃんたちの声も混ざっていた。先生たちが慌ててテントの柱に押しつぶされていたあたしを助けるために、柱を持ち上げる。先生があたしの名を何度も大声で呼ぶ。あたしは顔を上げて返事をした。
「だいじょうぶだよ」
 痛いのは痛かった。だから涙も出たし、頭もぐらぐらしていた。けれど、それだけだった。子どもが、大きなテントの柱に当たったというのに。そして初めて、異変に気付いた。柱がぶつかった頭の後ろが生暖かい。あたしは頭の後ろに手を当てて目の前に持ってきた。赤かった。
「きゃ……きゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 叫んだのは近所のおばちゃんだった。あたしの顔を見て目を大きく開いて、指をさしていた。暖かいものは溢れてこぼれる。あたしの足元に、赤い血が広がってゆく。
「何だコレは!?」
 おじちゃんがあたしを見て怒鳴る。友だちはみんな泣き喚いてあたしから逃げた。気が付くと、頭の後ろの生暖かさは引いていたし、痛みもぐらつきもなくなっていた。血も止まっている。何も変わらない状況が出来ていたが、周りの環境は大きく変わっていた。
 そのときやっとあたしは、普通じゃないって事を自覚した。

***

 まるでできものか何かに触らないようにするように、誰もあの時の話を口に出さなかった。その結果、誰もあたしに話し掛けないという行動に至った。その当時のあたしは不思議なことに、それを受け入れていた。だから食事のときに誰も寄ってこないことや、昼寝のときに誰もあたしの隣に来ないことにも不満を言わなかった。その辺もあたしは普通じゃなかったのだろう。いや、それは今も同じかもしれない。
 けれどあたしを引き取ってくれる親は見つからないままに、あたしは中学生になっていた。しかし、学校に行く回数は一、二年の時を合わせてもたった数回しかない。あの事件は意外とあたしの心に深く残っていたのだ。そして、周りの心にも強く残っている。あれほど血を流しても平然と立つ小学生。
今考えても、少し恐ろしい光景だろう。自分のそばにそんな奴がいたら、あたしはきっと逃げ出していた。だから、あの時逃げたみんなを責めるつもりは全くない。むしろ、仕方ない行動だと思う。
 ただ、誰とも話さないと言う事は自分の不安や怒りや悲しみといった感情を出す方法がなかった事が問題であった。こんな気持ちの悪い体質を持ったおかげで、誰にも接せられないあたしはストレスがいつ爆発してもおかしくない状態だった。あたしはいつもスクールバッグの中にカッターを忍ばせ、暇があれば体の一部に刃を入れていた。けれど、血は数秒で止まり傷は数十秒で消える。同じ場所をぶすぶす刺しても、同じ事が起きる。細胞や筋肉とか、そういったものが複雑に動いて絡み合って修復。何度も何度もそれを繰り返す。
 ストレスの発散になるかと思ったが、全くそうではなかった。
 自分で言うのもなんだけど、あたしは意外と良い子かもしれない。と言うのも、そのストレスを他人にぶつける事がなかったのだ。いい意味でも、悪い意味でも。ここで誰かに暴力をふるって不良になる、と言うのが王道不良の道なのだろうけれど、あたしはそんな馬鹿ではなかった。むしろ、自分を傷つけ修復するという永遠と続く無限回路を巡っていたのだ。
 ただそれで、あたしが満たされることはなかった。
 あたしはある日、試してみようと思った。自らの命を絶つことをしたら、あたしはどうなるのだろうと。人通りの少ない裏路地の廃ビルの屋上。そこにあたしは立っていた。さすが五階建て、意外と高い。あたしは錆びた柵から地面を覗いた。そして、柵を越えて小さくジャンプをした。
 結論からいえば、あたしは死んでいない。頭を打ったり、骨を折ったりしていたはずなのに、痛みは軽く殴られた程度、としか感じなかった。仰向けに倒れていたあたしは、腕を自分の顔の前に持ってきた。変な方向に曲っている。頭の後ろには、あの柱が落ちてきたときと同じ生暖かさを感じていた。
ああ、あたしってやっぱり変なんだなあとつくづく実感した。そのとき着ていた制服は血まみれだったけれど、あたし自身から血は止まっていた。まるで殺人犯したみたいじゃん、と立ち上がってあたしは制服を見る。それを予想していたから、あたしのスクールバッグの中には着替えがあった。ビルの中に入って着替えて、平然と表通りに行く。たくさんの人々の中に埋もれるあたしは、見た目だけなら普通なのに。誰もついさっき、あたしが自殺したなんて誰も思わないだろう。

***

 何かの本か、テレビか、それとも噂かで聞いた事があるのだけれど、どこかに何とかかんとかという島国があって、その島国に住む人たちはみんな異常な生命発達をしているらしい。傷を負ってもすぐに回復、骨折しても元通り。それってどこかで聞いたことある、と思ったら自分だった。
 もしかしたらあたしはそこの島にいた人間の子孫か何かかもしれない。あるいは、両親がそうだったのかもしれない。でも、両親がその島国の住人だったなら、娘がこんな気持ち悪い体でも捨てないだろう。じゃあ突然変異だ。やっぱり。
 もちろんその噂を信じるつもりはさらさらない。第一なんだよ、島国って。何とかかんとかって島国聞いた事ないし。何だっけ、プ、プなんとか。そんなプとかペとかちょっと間抜けな国名ってどうよ。

***

 そんなわけで、当時のあたしのマイブームはいろんな死に方を試す、と言う事だった。あるときは大型トラックに轢かれてそのまま逃げてみたり、あるときは自分の心臓を貫いてみたり……別に死にたいと言う願望はなかった。ただ、どうやったらあたしは死ぬ事が出来るのだろう、と疑問に思っていた。それで仮に死んでしまっても、仕方ないと何か納得していた。あたしってやっぱり変だなあって思う。
 けれどこのとおり、あたしは平然と生きている。結局あたしは死ねないのかな、と呆然としていた。そして高架橋の歩道部分にぼんやりとあたしは立っていた。高さはそこそこあるし、下は川。溺れたら死ねるかな、なんて思って柵をよじ登って、柵の上に立つ。夕陽がいい感じに綺麗だ。
「あー……」
 体を傾けた瞬間、腕を誰かにつかまれた。へ、何!? と思ったら腕を強く引っ張られてあたしは尻餅をついた。痛いし。
「何あんた!?」
 あたしは腕を引っ張った人物に怒鳴った。そこには焦って走ってきたのか、肩を大きく揺らして呼吸を荒くする男がいた。
「なん、て…こ、と……」
「はぁ? 何て言ってんの?」
「なんて、こと……し、てたんだ……」
 荒い息のおかげで聞き取りにくかったが、男はあたしが死のうとしていたことに関して怒っている様子だ。まあ、ごもっともな怒りだけど。
「あんたに関係ないでしょ」
「関係、ないけどな…はあ……。落ち着いた。えーっとな、目の前で飛び降りようとしてる人がいたら助けるだろ、普通」
 普通、という言葉にあたしの胸が痛んだ。
「残念だけど、あたしは普通じゃないのよ。どうせ飛び降りても死なないだろうし」
「下が川だからか? だけどな、この高さだと…」
「あたし、死んでも死なないの」
 あたしの言葉に男はぽかんとしていた。瞬きをして、「は?」と声をあげた。やっぱりなあ、と思いながら男の驚く顔を見る。あ、なんか面白い。
「死んでも、死なない?」
「うん。例えばさ、飛び降りても死なないし腕切ってもすぐ元通り」
 そう言って、あたしはスクールバッグからカッターを取り出した。男の顔がさあっと青くなる。
「待て待て待て!! そんな事しなくても」
「いいから見てなさいよ!」
 カッターを腕に入れる。深く入れて、下に切り込みを入れる。血が、びたびたと落ちる。
「な、にを」
「ほら」
 すぐに血は固まって、まるで小石や砂利みたいに血がぼろぼろこぼれた。それを手で払うと、カッターを入れる前の腕に元通り。
「……嘘だろ」
「気持ち悪いでしょ」
 慣れてる、そんな顔されるの。なのに、あたしは悲しいと思っていた。男は呆然とした様子で何も言わない。
「もっとわかりやすい例見せてあげようか。あんた、なんか持ってないの」
「何言って……」
「ちょっと鞄かして!」
 と、男の持っていた鞄を奪い取る。呆然としていた男は鞄を奪われた事に数秒遅れて反応した。
「君?!」
「あ、あんたいいもん持ってるじゃない」
 あたしはそう言って男の鞄の中から見つけ出したものを頭に向ける。
「銃」
「そんな事をしたら……」
「ばいばーい」
 引き金を引く。頭に、野球ボールが当たったような強い衝撃がぶつかる。バランスを崩してあたしはふらついた。
「なっ」
 男の小さな叫びのような声が聞こえた。目を大きく開いて、頭の小さな穴から血が溢れ出ているあたしを見る。男の瞳の中に、あたしの呆然とした顔が映っていた。男がいつ叫んで逃げるか、あたしはわりと期待をしていたのかもしれない。けれど男はぱちぱちと瞬きをしている。
「あ、逃げる? でもさ、あたしのことは言わないで欲しいんだけど」
「君、すごい」
 …………え?
「すごい。死んでないのか、君」
「え、うん。死んでないけど」
「すごい、素晴らしい!」
 もしかして、この男はヤバイ類の人だったりするのかな……あたしは一歩引いたが、男は一歩あたしに近付いた。
「なるほど、死んでも死なないか。素晴らしい体質だな」
「すば、らしい?」
「そう。そんな体質、なかなかいないぞ!」
 というかあたし以外にそんな人見たことありませんけど。
「いやあ、君のような人間に出会えてよかった!」
 あたしはあんたに出会って最悪な気持ちだよ。また一歩引くと、やっぱり男は一歩近付いた。マジでこの人ヤバイ類の人だ。しかも爽やかな笑顔を浮べやがって。そう思ったら、男はあたしの右手を両手で握った。
「うああ?! か、勝手に手握るな!!」
「君、名前は!?」
「五月蝿い、離して!」
「いいから名前!!」
 血をだらだら流す少女とその少女の手を握る男。怪しすぎるその光景を誰も見ていなくてよかった、と思う。
「名前言えば離してくれる?!」
「離す! 離すから!」
「リナ! 松原リナよ!!」
 あたしは偽名を叫んだ。いつか読んだ雑誌に出ていたモデルの名前のつもりだったのだけれど、『松原リナ』なんてモデルは存在しなかった。男は先ほどの約束どおり、手を離す。
「リナか……。俺は新堂ヤスナ。あ、偽名だから」
 ふーん、と言いかけたけれど男、新堂ヤスナの最後の言葉で違和感を覚えた。今、『偽名』って言った?
「ぎ、めい?」
「うん、仕事柄そういうの使わないといけなくてね。あ、リナって本名?」
 ヤスナが微笑みながら尋ねる。もしかして、こいつはあたしが偽名を使っているのに気付いているのだろうか。あたしはヤスナを睨んだけれど、笑顔を崩さない。っつーか仕事って何?
「あ、やっぱり偽名なんだ。まあ、君の本名が何だろうといいけどね」
「う……」
 言葉が出てこない。しかもヤスナは腹立つぐらいに爽やかな笑顔を浮べている。
「なあ、俺と一緒に来ないか?」
 輝く瞳であたしを見るヤスナ。そんな風にあたしを真正面から見る人間なんて、ヤスナがはじめてだった。そのせいか、あたしはひどく緊張していた。けれど、あたしは嬉しかった。ヤスナは気味が悪いとか、近寄らないで置こうとか思わず、あたしに接してくれたのだから。
「……うん」
 あたしは、頷いた。

***

 さて、そんな風にしてあたしは古い名を捨てて『松原リナ』としての人生を始めた訳であるのだが……
「ふっざけんなああああああああ!!!!」
 あたしはヤスナに怒鳴る。ヤスナが怒鳴られた理由が全くわからない、といいたげな顔をしてあたしを見つめている。
「何よ?! あんた、またあたしに自殺の付き添いさせるわけ?!」
「リナ、知ってるか? とある大先生は『一日一日を大切に生きて、一つ一つの依頼を大切に受ける』と言ったそうだ」
「その大先生の名前は?」
「新堂ヤスナ」
 ヤスナの腹にあたしの蹴りが入る。
「うおぉ?!」
「ふっざけんなハゲ! 何よ木炭自殺って!! バカじゃないの!?」
「だ、だって、リナは『殺され屋』だろ? そう言った依頼を受けるのが当たり前だって」
 あたしの人生は『殺され屋』として生きることで再スタートした。『殺され屋』はつまり、誰かの代わりに死ぬものなのだけれど、この現代社会ではどちらかと言うと死を共にしてほしいっていう依頼が多い。この間は誰かを殺して自分も死にたいけれど、殺す誰かがいないから殺されて、とかいう依頼だった。ふざけんな。
「まあまあ……それでも報酬もらえるだろ?」
「たった、たーった二万円よ?! 二万で何ができるっつーの!」
「はぁ……そろそろ時間だから行ったら? 俺も『殺し屋』の仕事入ったし」
 時計を見ると、確かに依頼人との待ち合わせ時間が迫っていた。ヤスナが爽やかな笑顔で手を振る。
「ヤスナこそ仕事成功させなさいよ?! 失敗して死にでもしたら許さないんだから!」
「リナこそ、失敗して死なないでね」
 にこ、と目を閉じて微笑むヤスナ。あたしはそんなヘマ犯しません。

***

 あの時ヤスナと出会ってなければ、あたしは一体どうなっていたのだろうか。
 別に問題なく生きていたかもしれない。ただ、誰にもこのことを打ち明けられず、誰かに知られたらまた心を閉ざすという面倒な生き方をしていただろう。
 けれど、今は?
 幸せか、と言われたらどうだろうか。でも、この間は大統領を守ってがっぽり報酬貰ったし、でも変な依頼を勝手にヤスナが受けてるし………
 それでも、あたしの隣にはこの新堂ヤスナという変な『殺し屋』がいる。


 多分それでいいんじゃないかな。なんてね。


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